◆ シャモニ、ツェルマット山行報告
      −4000m超の2峰に登頂−  上岡一雄

             
                    (ポリュックス山頂でガイド二人と)

〔日 程〕2008.7. 20〜29           (編集者注)山名はアルファベットで表記(初出にはルビを
〔メンバー〕友人のHさんと2人         振り、標高を付けた)。地名や建物名はカタカナで表記。

 山登りの誰でもが抱く永年の夢、シャモニ(フランス)、ツェルマット(スイス)でのアルプス登山が漸く実現す
ることになりました。4月のマレーシアKinabalu(キナバル)(4095m)登山に引き続き4000m級の高度に友人の
Hさんと再挑戦することになりました。日頃から慎重に準備をしていたつもりでしたが、残念ながら1週間前に
西国分寺のクライミングジム「ランナウト」でのボルダリング練習中に腰を痛め、ひどい”ぎっくり腰”で、ホーム
ドクターの先生から痛み止めを貰っての遠征となりました。大事なときなのに、特に左の腰が痛むので先行き
が思いやられました。

 7月20日 スイス航空LX161便10:25で成田を出発→チューリッヒでスイス国内航空LX2808便に乗り換え→
ジュネーブ着17:40(現地時間)。出迎えの現地ガイドT氏と合流。タクシーでフランスのシャモニへ移動。約1
時間のドライブ、国境の審査もなし。快適な高速道路ドライブ。車はアウディの高級車で平均時速140q/h。
シャモニのホテル「ラルヴ」に入りました。20時頃、T氏と翌日以降の打ち合わせを行いました。その後の夕食
のワインのうまかったこと。同行のHさんも即うまいと絶叫。

 21日 ホテルでゆっくり朝食をとり、その後時差ボケの解消も兼ねて、シャモニ市街の散策と郊外の展望台
「花園のフローリア小屋」へのハイキング。シャモニは人口10,000人の小さいながら明るく整った町並みで、
第1回の冬季オリンピックが開催された地とか。周囲はぐるりと4000m級のシャモニ/モンブラン針峰群に取り
囲まれ、岩と氷の世界で人を寄せ付けない異様な光景です。今でも世界中のクライマーの憧れの地でありま
す。街を歩くと、ピッケルやアイゼン、ザイルを持ったクライマーにたびたび会うことが出来ます。
  さて、町で唯一の日本料理店「さつき」を通り越してすぐ左に折れて、フローリア小屋(標高1337m)への一
本道。往復約3時間の行程。途中、キイチゴ、ヤナギランやホタルブクロの仲間を見つけて早速撮影。頂上は
色とりどりの花で飾られた石造りのフローリア小屋で、そのテラスからの眺めは素晴らしく、Mont(モン) Blanc
(ブラン)(4810m)、Drus(ドリュ)(3754m)、Grandes(グランド) Jorasses(ジョラス)(4208m)等の針峰群が一望でき
ます。スケールの大きな眺望にまずびっくりします。素晴らしい花園と絶景を堪能したら少し急な下り坂を降り
て、道なりにシャモニに戻ります。夕食時、イタリア料理店でもう1人のガイドのTN氏の紹介を受けました。

 22日 いよいよ本格的なクライミング練習の当日です。9:45シャモニの前面にそびえるAiguille(エギーユ) du
(デュ) Mide(ミディ)(3842m)の展望台まで一気にロープウェーで登ります。富士山より高い所にある展望台で、
よく造ったなと思われる場所で、針峰のてっぺんに設置されています。乗り換え時間を含めて20分ほどで到
着。高度差2700mを一気に登ったことになります。頂上直下のトンネルの中で、ヘルメット、ザイル、アイゼン、
ハーネス等のクライミングギアを装着し新雪の世界に乗り出します。
  両サイドが鋭く切り立った狭い雪渓のルートを300mほど下り、氷河雪原に到着します。大きく回り込んだと
ころで、岩と氷と雪の頂上目指してのミックスクライミングか始まります。ガイドのT氏は、スイスイ登って行き
ますが、我々はアイゼンの前爪をうまく岩の細かいスタンスに置くことが出来ずに四苦八苦。また防寒手袋を
装着してのホールドの不安定さと高度感にも悩まされ、どんどん登ってくる若い人たちに追い越され、我なが
ら情けないやら、苦しいやら。喘ぎ喘ぎ漸く大勢の観光客の見ている展望台に辿りついてフェンスを乗り越え
たのが13:00です。展望台からは、Mont Blanc、Grandes Jorassesや、遠く Matterhorn(マッターホルン)
(4478m)までが一望できます。

 23日 シャモニ駅で待ち合わせ、10:17発の展望のいいモンブラン・エキスプレスで、スイスのツェルマットに
向けて移動。途中マルティニー、 フィスプの2駅で乗り換えツェルマットへ。マルティニーは、イタリアとの交流
でにぎわった商業都市とか。交通の要衝として古くから栄えてきて、ナポレオンもシーザーもこの地を通って
遠征したといわれます。時間があればローマ時代の円形競技場等の遺跡が再現されているそうで、次回に
はぜひ見てみたいものです。乗り換え時間の間に駅前のレストランで昼食をとり、その後列車は美しいアル
プス渓谷をゆっくりと走り、渓谷の雄大な景観を楽しみます。
  沿線にはサイクリングロードも整備されているらしく、列車には自転車を乗せる広いスペースが設けられて
います。途中駅でサイクリングの人達の乗り降りが頻繁に見られます。また列車の中の乗客を眺めています
と、夏休みの所為もあり活発な若い人達が目立ちます。日頃、爺婆の多い日本の山行に慣れているものか
らはスマートな光景に見えます。また肥満体の多い米国のそれとも大違いです。
  それからスイス特有の傾斜地農業と農業機械が両サイドの窓から眺められ、自分の専門分野とはいえ興
味深く、40年近く前「セイコウ社」という会社が日本にスイスの傾斜地用の機械を紹介したことを思い出したり
していました。日本の疲弊してしまった農村と異なりスイスの農村はしっかりと保護され、落ち着いているよう
に見受けられたのは、思いすごしでしょうか。
 最終目的地ツェルマットに16:00到着、さすがアルプス登山の基地だけあり夏の上高地、室堂のように、ごっ
た返していました。16もの4000m峰に三方を取り囲まれ、Matterhornを筆頭に数々の名峰に挑む基地として、
アルピニストの夢、冒険、悲劇の舞台であります。Matterhornだけで500余名が命を落としており、その有名
なクライマーの遺跡が墓碑などに残されています。また、ツェルマットはスイスにある9つの「アウトフライ」ガソ
リン自動車を入れない町のひとつでもあります。動いているのは、電気自動車ばかりです。駅前広場には、ず
らりと馬車が並んで客待ちをしています。
  広場の正面、ギフトショップの奥にはスーパマーケット「Coop」があり食料品、飲料水等を購入します。町を
南北に貫くマッター・フィスパ川、川と並行に伸びるバーンホフ通りをまず覚えます。町の斜面には、ホテルや
アパート、別荘が次々と建設され拡張し続けているのが実感されます。Matterhornがある限り、この街は拡
大し続けるのでしょう。
  ところで、日本人の観光客も多く、特に関西弁が際立って聞こえたのは不思議でした。表通りから少し裏手
に入ったところにある瀟洒なホテル「アルプフーベル」(Alphubel)に入り明日以降に備えます。ホテルのオーナ
ーは、弁護士とのこと。上品な紳士です。同宿の宿泊客は殆どが登山客のようです。

 24日 ホテルを8:00出発。メインストリートのバーンホフ通りを15分ぐらい歩きマッター・フィスタ川沿いの東
岸にロープウェーの乗り場があり、ゴンドラでフーリーまで登り左にトロケナーシュテークに乗り継いでいきま
す。周囲を見渡すと、右からMatterhorn、Klein(クライン) Matterhorn(マッターホルン) (3883m)、Breithorn
(ブライトホルン)(4160m)、Pollux(ポリュックス)(4091m)、Liskamm(リスカム)(4527m)、Monte(モンテ) Rosa
(ローザ)(4634m)と一挙に氷河のパノラマが開けてきます。よくこんな所をハンニバルとかシーザーが越えてき
たものです。
  7月12日には積雪があったとかで全面まっ白。ふもとの氷河の張り出しと対照的。ゴンドラからは、足もと
にトレッキングコースが展開するのが見渡せます。次回は、これらのウォーキングをのんびりと楽しんでみたい
ものです。大部分の人達は、これらのトレッキングでゆっくり楽しんでいるようです。トロッケナー・シュテークか
らの最後のロープウエーはスイスアルプスの醍醐味がたっぷりで、右に左に迫力の4000m峰が迫り、足もと
にはテオドール氷河が流れ、その氷河の支流がロープウエーの真下を横切っています。我々は、マッターホ
ルン・グレーシャ・パラダイスの長いトンネルを歩き、エレベーターに乗り、最後に急な階段を上り、広い氷河
雪原に出ます。氷河の上の広大なスキー場で、大勢のスキーヤーやボーダーで賑わっています。

 早速ヘルメット、ザイル、アイゼン、ハーネス、ピッケル、防寒具、防寒手袋等のクライミングギアを装着。
ブライトホルンパスを越え、本日の目標Breithornに向かいます。スキー、ボーダーの人達が向う
Klein Matterhornとは左にルートを分け、ガイドとアンザイレンし、大きな塊のBreithornに一歩一歩登ります。
少しずつ標高が高くなるにつれ、傾斜がきつくなります。ガイドのT氏のペースの速いこと、また休憩もしない
のには先日から分かっていましたが、ついていくのがこんなに苦しいものだとは思いませんでした。振り返る
と友人のチームも喘ぎ喘ぎ登って来ます。後から調べますと、Breithornは一見容易にのぼれそうな山ですが、
強風や滑落の事故が多い山だそうです。斜面を左上方に向けトラバースしながら高度を稼ぐと山頂から西側に
伸びる稜線にぶつかります。稜線伝いに右にルートを変え一気に山頂へ。

 狭い新雪と氷のトレースをたどりながら頂上到着11:30。記念撮影後、直下の風を防げる地帯で昼食をとり、
反対側に下降、今夜の宿泊地「アヤス小屋」目指して出発します。途中氷河雪原のクレバスを渡ったり、新
雪の長い気の遠くなるような登りがあったりでうんざりするロング行程でした。アヤス小屋はイタリア側のアヤ
ス谷に建てられた小屋で、標高3425mまで一挙に下ったところにあり到着は15:10。小屋からはMonte Rosa
のイタリア側の荒々しい様相がみられます。1階が食堂兼休憩所で2階が宿泊場所になっており、2段ベッド
で手足をゆっくり伸ばせました。トイレは、地階で水洗なのには、感心しました。Kinabaluの小屋も水洗化され
ていましたが、矢張り日本の山も世界遺産を狙うならトイレの問題ということを改めて考えさせられました。

 それといかにもグルメのイタリアだけあって、谷奥の山小屋でもワインと食事が楽しめるところがさすがです。
壁に並べられた豊富なワインの種類を見ただけで、グルメさがわかります。残念ながら私はこの日から高度
障害がひどくなり、胃液が湧いてくるような現象が出始めて、あまり食欲が出ない状態で水分ばかり飲んで
いました。アヤス谷の下の方からは元気な子供たちが、岩にしがみついて上がってきます。教会の団体らしく
、上品な年取った牧師さんらしき人がリーダーを務めておられました。また、この子供たちの食欲の旺盛なこと、
うらやましく見ておりました。疲れからか夜は早々からぐっすりと寝てしまいました。 
  
 25日 5:00からの朝食をとり、アヤス小屋を6:35出発。新雪の中を一挙に登り返すわけで、高度障害と食欲
不振も加わり最初からうんざり。本日の目標はPolluxの本格的なミックス登山です。クライミングギアを再確認
し、岩と氷の世界へ挑戦しました。ガイドのT氏がビレイしてくれているのですが、クラック、トラバース、岩綾の
乗り越し、へつりありですべて自己責任ですから、雪と岩のバリエーションルートの高度感に緊張の連続です。
両手のホールド、両足のスタンスに気をつけながら、漸く頂上到着は10:00です。今回残念ながらMatterhorn
は、次回に譲りましたが、ガイドの両氏の配慮から、幸いにもアルプスの本格登山の体験ができました。

 山岳ガイドは、スイスでは最高の名誉職といわれ80名を数えるようです。小屋でのガイドに対する接触の仕
方も別格に見受けられました。スリル満点の貴重な経験に感動しながら、ほっとする間もなく、また急峻な下り
でひと汗かきます。途中何度もセルフビレイに苦労しながら慎重に下っていきます。下山後は、前日の出発地
点トロッケナーシュテークまで、新雪と氷河のなかを気の遠くなるような長いルートをたどります。ガイドの人達
の体力には、本当に驚きます。ロープウエーの駅までたどり着いたのが14:40。長いトンネルをくぐり抜けロー
プウエーの乗降場までたどり着きます。やれやれという気持ちと、何とかギックリ腰がもったことに一安心しま
した。下りのロープウエーは、昨日のコースとは異なりMatterhorn方向のシュワルツゼー経由となりました。
眼下にあでやかな種々のトレッキングコースを見ながら、無事ツェルマットの町までたどり着きました。

 26日 本日は、せっかくのスイスアルプスへ来たのですから、ロートホルン・パラダイス、スネガ・パラダイス
の気楽なハイキングということになりました。アルペン・メトロのスネガ・パラダイスの地下ケーブルの駅は、町
の中心から徒歩5分ぐらいのところにあり、川の東岸で早朝から観光客が詰めかけています。冷え冷えとした
地下トンネルから、ケーブルに乗り込みツェルマットからたった3分で、町から一番近い展望台スネガ・パラダ
イス(2288m)に着きます。「ここから見えるMatterhornが一番神々しい」という人がいるほど、Matterhornの
北東稜を正面に左右にバランスよく広がる美しい姿が眺められます。見る場所によりその姿が変わるように、
山の名前の、Matterhornはドイツ語名で、イタリア語名は Cervino(チェルビノ) と様変わりします。スネガ・
パラダイスの展望台のレストランでゆっくりとした本格的な昼食をとった後、高山植物を求めてゴンドラをロー
トホルン・パラダイス(3103m)に乗り継ぎます。フィンデルン氷河の末端がそこまで迫っていて迫力があります。

 ロートホルン・パラダイスから、スネガ・パラダイスまでの下りのハイキングコースは距離は長いが、高山植物
の折り紙つきだそうで。運が良ければ人気者のハムスターに似た「マーモット」も見られるとか。所要時間2時
間半、7.5qの行程。道は、オーバーロートホルンに向かって歩き始め、15分ほどで分岐。右にコースをとりだら
だらと下って行きます。開けた牧草地に様々な高山植物が咲いています。注意してみるとアルプスを代表する
エーデルワイス(学名Leontopodium(レオンポディウム))の群生が何カ所もあります。学名のレオンポディウム
というのは、ライオンの足という意味で綿毛の真ん中にある黄色い丸い球が花で、これが足の裏のクッションの
並び方に似ているのでついたようです。

 上から見下ろすと、シュテルゼー、グリンジゼー、ライゼーの3つの湖が見えますが、残念ながら今の時期は
渇水状態で。特にグリンジゼーは、逆さMatterhornで有名な湖です。スイスを紹介するポスターなどによく登
場する森と湖とMatterhornの姿は、ここで撮影されたもののようです。途中で見受けられた高山植物は、名前
の判ったものではアルピサ・ミコシギク、エーデルワイス、カンパヌーラ・ケニシア、ミミナグサ、バンダイソウ、
アルピヌス・シオン、鮮やかなブルーのリンドウの仲間等。Hさんとゆっくり撮影しながらスネガのケーブル駅に
到着。近くには、ツェルマット市街でも見受けられる、珍しいネズミ返しの農家の穀物小屋が見受けられます。
もと来たケーブルに乗り、ツェルマットに戻ります。時間的に余裕があり、夕食まで市内でのお土産物の購入
に費やすことができました。

 27日 ツェルマットから1日かけてシャモニに戻りました。ツェルマットでは、唯一の日本料理店「さつき」で
日本そば、冷や奴、枝豆、ビールを注文しやっと終ったアルプス登山に乾杯。

 28日 ジュネーブをスイス国内航空 LX―2809便11:05出発でチューリッヒ着12:00、チューリッヒをスイス航空
LX-160便に乗り換え13:00出発。

 29日 日本時間午前7:50 成田空港に到着しました。短い期間ではありましたが、今回フランス・スイスを垣間
見ての感想は、機会がありましたらご披露したいと思っています。


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