【登山技術テキスト】

■海外登山入門と高山病対策  大塚忠彦


<アンデス アコンカグア峰南峰南壁6983m>


<クンーブ・ヒマール カンテガ峰6779mとタムセルク峰6623m>

このテキストは、海外登山(入門)、特に個人手配での方法に関する若干の情報と、高山病対策の初歩的知識をメモしたものです
個人的に使用される場合のコピーはご自由にどうぞ。 その他の場合の無断転載などはご遠慮下さい。  

When you follow any of the procedures described here,you assume responsibility for your own safety.

もくじ

【1.海外登山の方法】

海外登山を行うには、大別して2種類の方法がある。ツアーに乗っかる方法と、個人手配で行く方法である。いずれも得失があるので一概にどちらが良いかは言えないが、安価に行けて、行程や登り方に自由が利くのは後者の方であろう。

(1)パックツアー

ツアーには、日本出発からガイドが付くものと、現地に行ってから現地募集のツアーに加入するも のがある。前者はツアー会社やガイドが主催している。後者は現地までは個人手配で行き、現地で募集されているツアーに乗っかるものである。 国内からのツアーのメリットは何といっても手軽に行けることである(登山自体の難易度は別にして)。個人手配に比べて経費が2倍以上掛かるが、面倒な現地との交渉・手続きや地域・ルート研究、食料の準備などをしなくても済むから便利である反面、個人の自由が利かないこと、不特定多数の人と一緒に行動しなければならないことなどの不便さがあり、同行ガイドの程度が低い場合もある。 現地のツアーに入る場合には国際混成隊になる場合が多いので、ある程度言葉が話せること、外国人アレルギーが無いことなどが必要となる。

何れにしても、ツアーの契約条件(料金に含まれる範囲、途中キャンセルした場合の払い戻し、遭難・捜索救助体制と保険関係、万が一の場合の対応範囲、健康チェック、免責事項)などを書面でしっかり確認しておかなければならない。後でトラブルになるケースがよくある。
また、同行するガイドの資質や経験(当該山域での経験)もできるだけ確認しておきたい。大きなツアー会社だからといって、必ずしも安全とは限らない。ガイドの資質が低ければ、「不興と不快」を大金を出して買うだけの結果となる。信頼できるガイドが半個人的に募集するツアーで、参加メンバー同士も親しい少人数のパーティーであれば安心できる(何回か同じガイドと行っていれば自然にこのようなグループが出来上がるものである)。

(2)個人手配

個人手配の山行は、全て自分達で計画・実行しなければならないので面倒な反面、自由で自分達の思い通りの山行ができる。しかし、相当な準備期間とそれなりの知識、情報収集が必要である。

【2.個人手配での登山】

個人手配の計画・準備の大雑把な項目は以下のとおりであるが、各項目はオーバーラップしており同時進行する場合が多い。
(1)登る山(目標)の検討・決定とパーティー編成
(2)目標の研究 
目標の概要、その国の概要・治安状態、ルートと行程、気象状態と最適な時期、入山点までのアプローチ方法、基地となる街の様子と現地調達の可否(人口、交通、観光局、エージェント、登山用具店、宿、スーパーの情報など)、ガイド・ポーターのこと、BCの状況
(3)現地との交渉(入山許可取得、ガイド・ポーター、荷揚げ、宿手配など)
(4)保険関係の手配
(5)現地までの乗り物の手配
(6)登山計画書、経費予算明細書の作成
(7)装備、食料の準備
(8)予防接種
(9)その他
以下、それぞれの項目について述べる。

(1)目標の検討・決定とパーティーの編成

目標の山は、パーティーが割ける日程、技量、予算などに合わせて決定するが、ガイドを付けるかど うか、アプローチの方法や荷揚げの方法、宿泊の場所(ロッジかテントか)、登山の時期になどよって 経費も異なってくるので、パーティーに相応しいコストパフォーマンスで選択すること。
パーティー編成は、お互い気心が知れたパーティーでないと、気まずさや、行動に齟齬が生じる可能 性がある。特に高地では高度障害などの関係で人間関係も不安定になり易い。また、経費が許す範囲で なるべく少人数編成(2人がベスト)の方が何かと行動し易い。

(2)目標の研究

海外登山のガイドブックも何種類か発売されているし、また登山報告をホームページに掲載している 人も多いので、概要は容易に入手可能である。しかし直近の詳細な現地情報は現地登山協会などのオフ ィシャルホームページや現地ガイドのホームページを検索するのが一番正確であろう。

目標の概要

その山域全体の登山に関する情報を大まかに調べてみる。登山の歴史、自然、気象、登山がポピュ ラーな山か否か、日本からの登山者が多いか否か、登山に相応しい時期、基地となる山麓の街の状態 など。

その国の概要・治安状況など

政治・経済・文化を知ることは直接の登山活動には必ずしも必要ではないが、現地の人とコミュニ ケーションを取る上では大切なことである。また日本との関係がどうなっているかも無視できない(友好的な関係にあるか、或いは何らかの問題が起こっているか)。一番重要なのは治安状況の確認である。大は政治不安・テロ・暴動から小は強盗・泥棒・スリ、雲助タクシーなど。また風土病・感染症などの衛生情報を知ることも大切である。これらは外務省が公表している『海外安全ホームページ』(http://www.anzen.mofa.go.jp/)で確認できる。渡航先の危険情報発出には、「退避勧告します。渡航は延期して下さい」、「渡航の延期をおすすめします」、「渡航の是非を検討して下さい」、「充分注意して下さい」の4ランクに分かれて表示されている。同じ国でも地域ごとに発出されているので、その国に危険があってもその国全部が必ずしも危険であるということではない。内戦や国際テロの地域は避けるのが賢明であろう。
当然のことであるが、言語(公用語、現地語)、ビザの要不要(通用期間)、予防接種の要不要、通貨、宗教、度量衡、時間(日の出、日没)、なども調べておく。また、例えばスペイン語圏などでは数字のカンマ(,)とピリオド(.)の使い方が日本や英語圏などとは逆になるので注意が必要。その国の特殊な習慣(例えばシエスタ、食物禁忌など)も大切である。官庁やビジネスの営業時間が日本とは大きく違っている国もある。休日も調べておかないと、登山許可を取得に行ったら休日でダメだったということもある。レストランや呑み屋の営業時間も国によっては大きく異なっている(例えば南米の昼食は14時頃、夕食は22時頃から)。
言語については、空港や銀行、官庁、観光局、エージェントなどでは英語が通用するが、田舎に行くと現地語しか通用しない場合が多い。多少の現地語の単語を覚えておくと、現地の人とのコミュニケーションがとれて楽しみが増す。辞書(和[英]⇒現地語)があれば、それで示すこともできる。いよいよとなれば、紙や地面に絵を描いて意志を通じさせることも必要。 ガイドやレンジャーやドクターは通例は英語が話せるが、ポーターなどには通用しないことが多い。

ルートと行程

海外登山は国内登山と異なり、不確定要素が多い。また、情報が充分に得られない場合もある。従 って初めて登るルートはワンランク下げた方が無難であろう。また行程は充分な余裕を持って作るこ と。途中の泊まり場の状態も充分に確認しておく。テントが張れるかどうか、水が得られるか、また 小屋に泊まる場合は寝具、食事の有無、事前予約の要否など。

気象状況と最適な時期

雨期・乾期、気温、雪の有無、風の強さ、暴風の時期、気象の特質、入山許可の時期、BCの営業 状況(トップシーズンにはサービスが充実しているが、トップシーズンを外れると途端に人が居なく なることが多い)など。また、山麓やBCで天気予報が得られるかどうかなど。

入山点までのアプローチ方法

入山点までの足については、公共交通機関を利用したりエージェントに送迎を頼む方法などがある。 一般的にポピュラーな場所以外は公共交通機関は当てにできないので、エージェントに頼むかタクシ ーや運送業者に頼むことが多い。地元のエージェントに送迎や荷揚げ、ガイドの手配、小屋の手配な ど登山に係わる一切を依頼すれば便利ではあるが、それなりに経費が掛かる。エージェントは、その存在だけ確認しておいて現地に入ってから依頼することもできるし、事前に インターネットなどで予約しておくことも可能である。

基地となる街の様子と現地調達の可否

人口、街の大きさ、交通機関、タクシーの有無、登山案内所、エージェント、登山用具店、スーパ ーの有無、病院などを調べておく。登山許可は基地の街で取得する場合が多い。登山用具店やスーパ ーは現地での調達には欠かせない。 特に燃料は現地でしか調達できないので(航空機に持ち込めないから)、現地の登山用具店で入手 できる燃料の種類(ガソリンの種類、ガスカートリッジの種類など)を確認しておきたい。日本から ガスバーナーを持参する場合に、バーナーと現地で調達できるカートリッジが合わないというケース もある。一般的にEPIとCAMPING・GAZはポピュラーである。また、ガソリンバーナーは 種類を選ばず使えるが、国によってはガソリンという名前で実はベンジンであったり、粗悪な製品で ある場合もあるから注意が必要である。 登山用具は、現地でも調達できるし、レンタルしている店もあるが、一般的には高価である場合が多いし、サイズや種類も少ないので、できるだけ日本から持参した方が良い。

食料の現地調達に関しては、特別な地域を除いて所謂日本食というものは売っていない場合が多い。 肉製品、乳酪製品、野菜、果物、パン、ジュース、コーヒーなどは現地でも調達できるが、フリーズ ドライ製品、日本食は日本から持参しなければならない。ラーメンなども現地で売っている場合もあ るが、意外に高価であるし味も違うので、食べ慣れた日本製品を持参した方が良い。高地で体力を保 持するためには、食べ慣れた日本食を摂取するのが一番である(どんな現地食でも食べられる人は別 にして)。登山用具や食料が登山基地となる町で調達できるか否を予め調べておくこと。

街の治安については、上述のとおりである。一般的にスリや泥棒は日常茶飯事と考えた方が良い。 また、タクシーも雲助が日常化している地域もあるから、それなりに対処すること。(山に入ってから装備などの盗難に遭うケースもある。これには地域差があるようである)。 街での宿泊高価なホテルである必要は無いが、廉価だけに拘ると、ドアに鍵が無かったりシラミ がいたりするし、治安も良くない場合が多い。多少高価でも足の便が良い場所の方が何かと便利であ る。通貨の両替は露天に立っている両替屋ではなく、きちんとした公認の両替商で行った方が良い。

ガイド、ポーターなど

目標とする山域や山によっては、ガイドやポーター同伴が義務付けられている場合もある。また、 ガイドがいないと困難な山もあるし、ガイドレスで登れる山もある。登攀は比較的容易な山でも、氷 河を通過しなければならない山ではクレバスの危険を避けるためにガイドを同伴する方が良い。また、 アプローチが長くてややこしかったり、途中で少数民族の集落などを通過するようなルートの場合も、 現地交渉などでガイドの手を借りなければならないケースもある。  ポーターを雇うかどうかは、日程の長さ・荷物の量などによるが、通例は雇う場合が多い。荷揚げ は馬やラバで行う地域もある。ポーターや馬が登山者と同一の行程を行くとは限らないので、荷物の 行き先や到着時刻を確認しておくこと。

BCの状況確認

エージェント出先の有無、宿泊・食事提供の有無、レンジャーステーションの有無、駐在ドクター の有無、通信手段(電話、インターネット)の有無、水の確保、燃料の調達可否などを調べておく。 このような情報は、通例は現地登山協会(登山センター、観光局)やエージェントのホームページで 確認できる。

(3)現地との交渉(入山許可取得、ガイド、ポーター、荷揚げ、宿手配など)

慣れていれば、すべて個々に自分で手配することもできるが、現地エージェントに纏めて依頼すれ ば簡便である。どのエージェントが信頼できるかは、経験者から聞いたり、ホームページの様子から 判断するが、現地登山協会などの公式サイトが推薦しているものやリンクが張ってあるエージェント なら、安心かもしれない。ガイドも協会などに登録されている正式なガイドを選ぶことが大切である。 日本からの登山者が多い地域には日本人のエージェント(ガイド)が常駐していることも多い。 入山許可証はエージェントに事前に代理で取得して貰える場合もあり、現地到着後に自分で出頭し なければならない地域もある。何れにしてもパスポート(or写し)、ビザ(必要な国のみ)、入山料が 必要である。また、海外旅行傷害保険証(日本で加入の)提出を求められる場合もある。入山料はシ ーズン、登山形態(トッレキングか登山か)、入山期間、登る山などによって異なる。パーティーで 取得する場合と個人個人で取得しなければならない場合とがある。入山料の中に、遭難救助費用が含 まれている場合もあるが、どの範囲か(例えばBC〜山頂間のみ、特定のルートのみなど)を確認してお くことが大切である。 ガイド、ポーター、荷揚げなどを現地到着後に依頼する場合には、手配に時間がかかるので、日程 に余裕を見ておく必要がある。 麓での宿は、日本の旅行社を通じて予約するのが確実であるが、有名な地域を除いて大概は取り扱 いが限られている。インターネットで探して直接予約するのが便利であるが、ホテルによっては予約 が確実に受け付けられていないことも多いので、リコンファームして確認する必要がある。空港や最寄りの駅まで出迎えてくれるホテルもあるので、併せて確認しておく。

(4)保険関係の手配

一般の海外旅行傷害保険の他、海外山岳保険に加入するに越したことは無い。上述したように、入 山料にある程度の救助行為が含まれている場合もあるから、これらを含めて必要な保険を決めて加入 する。海外山岳保険には色々の種類があり、トレッキング程度しか対象になっていないもの、高山病 や凍傷は対象になっていないもの、救助費用は含まれていないもの、高標高や難易度が高い登攀は含 まれないものなどがあるから、給付の範囲をきちんと確認しておく。一般的には、岳連などの共済や山岳に強い保険代理店に依頼すると安心できるかもしれない。
傷害や病気で治療を受けた場合、救助・搬送を依頼した場合は英語で書かれた証明書が無いと、給付が受けれないので注意したい。

(5)現地迄の乗り物の手配

格安航空券を探すのが第一である。航空料金は時期によりかなり上下する。また航空会社によっても異なる。同じ航空会社であれば、ハブ空港到着後の国内線乗り継ぎ便には料金が掛からない場合もある。登山の場合は荷物が多い。行き先の国によって無料手荷物の個数、目方に制限があるので注意。余談であるが、航空会社によっては必ずリコンファームを要求するので、忘れないようにしたい。また、ダブルブッキングが常習化している航空会社もある。何か言われても引き下がってはいけない。空港から登山の基地となる街までの公共交通機関の有無、時刻も調べておくこと。エージェントに依頼する場合は、空港から街迄の送迎もやってくれる場合もある。ヨーロッパアルプスなどは別にして、空港と登山基地の街までは(長距離)バスが一般的であるが、公共交通機関が無い場合も多い。一口に登山基地の街といっても、例えばヨーロッパアルプスのような登山口に極く近い街から、ネパールヒマラヤのように登山口まで飛行機を使わなければならないカトマンズなど、千差万別である。

(6)登山計画書、経費予算明細書の作成

国内の場合と同じであるが、登山計画書については、日本語版と英語版(and/or現地語版)を用意しておいた方が何かと好都合。登山計画書は必ずしも当局に提出する必要はない。

7)装備、食料の準備

国内登山と同様であるが、現地で調達するものを明確にしておく。高標高山岳の登山では、山麓の気温と山上の気温に相当の差(例えば温度差が60度ということもある)があるので、ウェアには充分注意したい。また、テントは高所用の対風性・対寒性に優れたものを持参すべきである。また、盗難防止のために日本語で名前や漢字を書いたり、入り口に鍵が掛かるようにしておくとよい。高所でテントごと盗難に遭うと(通例盗難はテントごとそっくり盗られることが多い)生命に関わる。カメラは低温では電池が作動しないので、モターや電子回路を使っていない使い捨てカメラを持参しておくと山頂などの極低温でも撮影できる。高標高山岳では高度計も必要。広大な山岳地域ではGPSも有効である(事前にキーポイントの緯度経度を入力しておく。緯度経度一覧表はガイドブックや登山センターなどで得られる)。

コッヘルは蓋が密閉できて圧力が掛かるものがよい(高標高では沸点が下がるから半煮えとなる。例えば標高4,500mでは沸点は85度)。同様な理由から高標高では燃料効率が悪いので燃料は存外と思われるほど多めに持参すべきである(平地と同様に加熱するには、例えば標高4,500mでは7倍の加熱時間が必要)。 バーナは粗悪な燃料しか使えない地域も多いので、クリーニング用具、予備のバーナーを持参するようにしたい。低温ではガスは出力が低下するので、ガソリンバーナーの方が適している。 主食は少し高価ではあるがフリーズドライ製品が軽くて長持ちがする。またドライフルーツやサプリメントなども体調維持のために必要である。日本食(調味料、お茶漬けの素、フリカケ、梅干し、佃煮、漬け物など)も食欲増進に良い。寿司用の粉末酢は高山病予防にも効く。 食料の持ち込みについては、植物検疫で禁止されているもの(例えば種子が入っているシリアルや 果物など)、国によって持ち込み(輸入)が禁止されているものもあるから、確認しておく必要がある。空港で没収されたら現地で調達する手もある。
≪ガイド・ポーター同行のケースでは、テント、炊事用具、食料、ロープなどはガイド側が用意する場合が多いが、個人装備は登攀具を含めて原則各人持参≫
医薬品については、できればお世話になりたく無いが、飲み慣れた薬と高山病のための薬は持参した方が良い。常用薬以外に、風邪薬、腹薬、目薬、傷用軟膏(メンソレータムなど)、火傷薬も必要である。下痢に罹る場合が多いので強力な下痢止め薬も必要。 高山病の予防と対策には、アセトゾラミド(商品名ダイアモックス)やニフェジピン(商品名アダラート)などを持参しておくと良い(処方箋要)。脳梗塞、心筋梗塞の予防にはアスピリンが効く。狭心症にはミオコールスプレー(舌下に一吹きするタイプのニトログリセリン)が有効。何れも服用方法など医師のアドバイスを受けておくこと。高山病の予防と対処のために、動脈血酸素飽和濃度(SpO2)を計るパルスオキシメーターをパーティーで1ケ持参すると良い(旅行会社のレンタルもある)。
高山病の予防と対策については次章参照。
荷物は大型ザック(80g以上)と遠征用のスタッフバッグに入れて確実に梱包しておくが、最近の航空事情により、鍵は掛けない方が良い。ピッケルやアイゼンなどが梱包されていても問題無い。 また、カメラやヘッドランプなどの電池は起爆装置の疑いを掛けられるので抜いておく。

(8)予防接種

風土病の予防接種が義務付けられている地域、義務付けられてはいないが感染症汚染地域などに入る場合には予防接種が必要となる。効果が出るまでに時間を要するものや、接種を2回しなければ効果が無いものもあるので、早めに受ける。また、狂犬病や破傷風などに注意しなければならない地域もある。(野犬にはみだりに接触しないように)。

(9)その他

万が一に備えて、日本国大使館(領事館)の所在地・電話番号、利用航空会社、保険会社、カード会社の電話番号などを控えておく。レジットカードは便利であるが、使用できない場所も多い。また、トラベラーズチェックが通用しない地域もあるから事前に調べておくこと。一般的には山に入れば、現地のキャッシュ(地域によってはUSドルも)しか通用しないと考えた方が良い。空港の窓口では大概は英語が通用するが、機内ではその国の言葉しか通用しない場合も多い。

ちょっと休憩

街での飲食は、外国人向けのレストランやホテル内のレストランが安全ではあるが、一方、これらは 値段も高く、面白みもイマイチである。地元の人が行く安食堂の方が地元料理も食べられるし美味い。 飲み屋も同様で、裏町の安飲み屋で地元のオッサン達と交歓するのも悪くない。このような場所ではボ ラレる心配は余り無い。ボラレる危険があるのは外国人向けのホテルやレストランやバーが並ぶ一角の 場末近くのいかがわしい外国人向けの店である。このようないかがわしい場所では治安が悪く強盗など も多いが、地元ご用達の裏町では逆に治安の好い場所の方が多い。  しかし、海外の街では日本に比べて一般的に治安は良くないから、ウロウロ・キョロキョロしたり、 いかにも旅行者然としていると狙われる。堂々と構えておくに限る。万が一の場合に「捨て銭」を」直 ぐ取り出せるように用意しておくことも必要。分からない言葉でのケンカは無用。土産物などをうるさ く売り歩いたり、小銭を要求する乞食(?)も多いが、最初にキッパリ拒絶することが肝心である。

【3.高山病の予防と対策】

(1)「高山病」とは

所謂高山病とは正確には「急性高山病」といい、急激に高度を上げ過ぎることにより惹起する症状である。一般的に3,000m以上の標高では1日当たりの獲得高度を300m以下に抑えるべきと言われている。高山病は言うまでもなく、高度が上がることによって起きる低大気圧、低酸素分圧に起因する。標高0mの大気圧は1気圧であるが、例えば標高3,000mでは0.7気圧、6,000mでは0.45気圧に減少する。酸素が少なくなると人間の身体は酸素を補充しようと過換気を行うので、低二酸化炭素血症となり、脳貧血を引き起こすので、目眩や吐き気を催したりするのである。この段階は高所反応・高度障害と呼ばれるもので、正確にはまだ「病」ではない。肺に水分が溜まって酸素拡散障害が起こると急性高山病の症状が出る。高山病の症状は以下に大別される。

(初期) 頭痛、動作時の息切れ、咳、食欲減退、心悸亢進、不眠、目眩など
(中期) 激しい頭痛、安静時の息切れ、咳と痰、吐き気、嘔吐、ふらつき、倦怠感、意欲減退、むくみ(目、顔、足)、尿量減少、集中力減退
(重篤) チアノーゼ、(泡状)血痰、激しい嘔吐、尿量極減、心悸亢進、全身のむくみ、激しい運動失調、意識障害、昏睡、(高所肺水腫)、(高所脳水腫)

高山病は、無から一気に重症になることはない。必ず初期症状から段階を経て進行する。初期症 状は、その高度での高度順応をすること(高度を上げずにそこに留まること)によって改善される場 合が多いし、初期症状が中期症状に移行したら高度を下げるなどの対応が可能であるから、一概に 心配する必要は無い。しかし、重篤な症状になったら、危険な状態である。特に高所肺水腫と高所 脳水腫は医師の早急な手当てを受けないと生命に危険が及ぶので、恥も外聞もなく救助要請を行っ て病院に搬送すべきである。また、高山病は夜間の睡眠時(呼吸抑制時)に進行するから、夜間の注 意が必要である。

(2)高山病にならないためには?

@焦らない、頑張らない、意地を張らない、くよくよしない。ストレスも高山病の誘因となる。
A誰でも高地に登れば高所反応(高度障害)が出る。早く気づいて早く対処すること。自分の高度障害のパターンを知っておくこと(そのためには場数も必要)。
B高山病予防の最高の薬は『水分補給』と『高度を下げる』こと。低大気圧では沸点が下がるのと同じ理屈で、また高所では湿度が低いために人体からの水分蒸散が異常に多いから、標高4,000m以上では4g/日の水分摂取が必要。水だけでは飲みにくいので、紅茶やジュース、スポーツ飲料(パウダー)などを混ぜると飲み易くなる。電解質、アミノ酸、塩分の摂取も大切(スポーツ栄養飲料)。
Cビスターリ、ビスターリ(高度順応には時間を掛けてゆっくりと登ること)。
D呼吸は大きくゆっくりと(深呼吸、腹式呼吸、2段階式呼吸)。
苦しいので犬式呼吸になりがちであるが、これでは肺まで酸素を摂り入れられない。ゆっくりと大きく吐けば自然に肺の奥深くまで沢山吸い込める(但し苦しくない程度で)。自分に合った呼吸方を早く身につけること。
E高度順応には、高所に住んでいる人を除いては免疫性がない。その都度、高度順応を行う必要がある。過去の実績は何の役にも立たない。8,000m峰に登った人が翌年4,000mで高山病のためにリタイアすることも珍しくない。 (高度順応のやり方は身体に覚えさせることが重要で、その意味で場数を踏むということには重要な意義があることを強調しておきたい)
F低温は高山病の直接の原因ではないが、誘因にはなる。防寒対策が重要。また疲労も同様であり、日常食べ慣れた食料を日本から持参するなりして栄養摂取に努めること。

(3)高度順応の方法

一般的には、標高4,000m以下ではそこに滞在することにより、4,000〜6,000mでは登下降を繰り返すことにより身体を順応させ、また、6,000m以上ではできるだけ滞在時間を少なくするというのが高所登山の一般的なタクティックスと言われている。最初の標高2,500m付近から4,500m付近まで高度を上げるのに、少なくても4〜6泊くらい費やす必要がある。
4〜6,000mでは順応のために登下降を繰り返す(所謂折れ線グラフ方式。“climb high,sleep low”と呼ばれ、一旦次の目標高度まで登ってから元の高度まで下って寝て、翌日再び目標高度まで登ってそこに寝る・・・以下同様な手順を繰り返す方式)と書いたが、折れ線グラフ方式は右肩上がり方式(一旦下ることをせず、上に上に高度を上げる方式、“climb high,sleep high”、右肩上がり方式)に比べて獲得 高度は2倍以上必要になるから、中高年にとっては、体力的に厳しいものとなり、高山病になる前に疲労でダウンしたり疲労が高山病を誘発したりすることが多いので、中高年には右肩上がり方式を勧める人が多い。勿論4,000〜4,500mの標高で完全に高度順応ができていることが前提であり、このためには前に述べたように、標高2,500m付近から4,500m付近まで高度を上げるのに、少なくても4〜6泊くらい費やす必要がある。

(4)BC駐在ドクター

BCなどにはドクターが駐在していることもある。体調がおかしいと感じたら診察を受けたりアドバイスを貰ったり、レンジャーに登頂計画をチェックして貰うことも大切である。 しかし、彼らはどちらかと言えば、安全サイドにアドバイスする傾向がある。例えば、アコンカグア・ノーマルルートのBCでは一旦駐在ドクターが肺水腫と診断すれば、自分では自覚症状が無くても強制下山させられるから、診察を受けるかどうかは自分の体調の具合で判断する方が良い場合もあろう(診察を受けることは、何れにしろ安全サイドに働く。従って、受けるか受けないかの判断は自分の考え方と自己責任で対処して欲しい)。

(5)パルスオキシメーターについて

指先に嵌めて動脈血酸素飽和度(SPO2)と脈拍を計る小さな機器である。動脈血酸素飽和度とは動脈血液中の酸化ヘモグロビンの割合である。ヘモグロビンは酸素の運び屋であり、血液中にどれだけ酸素が取り込まれているかという指標と考えればよい。個人差もあるが、平地でのSPO2値は一般的に100である。高山病になればこの値が60以下になると言われており、標高6,000m以上に登るにはこの値が85以上必要であると言われている。(SPO2標準値 3000m/90、 4000m/85、 5000m/75、 8000m/45)。
ドクターステーションには大概装備されている。最近は安価(数万円の製品もでてきた)になったし、またツーリストの短期レンタルもあるので、パーティーで1ケは持参した方が良いと思う。毎朝夕一定の時刻にSPO2値を計測し、その変化をチェックしていれば、高山病の発症、進行状況を把握できる。
ただ、器械が正しい値を示さなかったり、個人差が大きかったり、この値が必ずしも高山病を示唆するものではないという意見も多く、評価が定まっていないとも言われているが、 私の経験では高山病の発症・進行とSPO2値の変化には相関があるように思われる。何れにしろ安全サイドに働くとは言えるだろう。(高山病になった人のリタイアを説得するだけにしか使えない器械だという人もいるが、これは当を得ていない。余程自分の身体の具合を熟知している人は別にして、安全の為には使える物は何でも使うということは悪いことではない。ただ、情報が多過ぎて混乱を来すことは避けなければならない)。

(6)高所での喫煙、アルコール摂取

高所での喫煙、アルコール摂取は止めるべきである。しかし、これらにはストレス解消という効果もあるから、適量なら一概には言えない。私は煙突スモーカーでありオロチでもあるので、標高 6,000mまでは楽しむことにしている。 但し、タバコは金魚式、アルコールも缶ビール2本程度。(タバコやアルコールは飲まないに越したことはないので、我慢できる人は摂取しないこと)。

(7)ストレス

ストレスは高山病の誘因になる。細かいことは気にしない方がよい。物事を厳密に考え過ぎるのも考えものである。ノウテンキやエエコロ加減や多少間が抜けた性格の方が高山病の予防には適している。高所では、些細なことでもパートナーの言動が気になる場合が多いが、頭に血を昇らせてはいけない。また、テントで寝る場合には、できれば個室テントにしたり、広いテントにする方が気が楽である。

(8)高山病になったら

症状段階別の処置は以下のとおり。
  <初期症状> 標高を上げず、その標高に留まって静かに高度馴化を行う。水分、電解質、アミノ酸、塩分などを沢山飲む。下記の薬物服用。
  <中期症状> 高度を下げる。200m下っただけでも効果がある。下記の薬物を服用する。
  <重篤症状> 直ちにレスキューヘリを要請して、病院に搬送する。

高山病の処置は高度を下げることが先決であるが、高山病にも効く薬を持っていれば使った方が良い(諸説あって定まっていないが、使わないよりは使った方が良いという人が多い)。高山病にも効く薬はアセタゾラミド(商品名ダイアモックス、炭酸脱水素酵素、体液を酸性にする)、ニフェジピン(商品名アダラート、降圧剤)、デキサメタゾン(商品名デカドロン、抗浮腫・抗ショック剤)がある。海外の高標 高地では普通の薬局で処方箋無しでも買えるが、日本では医師の処方箋が必要。高山病専門の予防薬や治療薬というものは無い。上記の薬物もそれぞれ他の目的で開発されたものを高山病にも応用している訳である。
予防には、ダイアモックスを服用する。高度を上げる日の朝と目的高度に着いた夕方、各125〜250mgを服用。軽症〜中症には非ステロイド系解熱剤(アセトアミノフェン、バッファリンなど)、ダイアモックス250〜500mg/day、重篤症状(肺水腫、血痰、チアノーゼ)には アダラート、同(脳浮腫、意識障害)にはデカドロンを服用する。服用に当たっては、事前に医師に相談しておく必要がある(処方箋が必要ということはそういうことである)。 以下にダイアモックスの一般的な服用例を述べるが、これはあくまで素人の一般的な参考意見として下さい。

予防には朝夕各125mg(250mg錠の1/2)、または朝125mg、昼夜各62.5mg(250mg錠の1/4)。高山病の進行を抑制するためには250mg。錠剤には十字線が入れてあり、1/2、1/4に分割できる。高山病は睡眠時に進行することは上に述べたが、この意味で夜間の服用は重要であるが、一方ダイアモックスには利尿作用があるから、小用回数が多くなるというデメリットもある。 効果継続時間は12時間程度。ダイアモックスが効いているかどうかは、立っている時に足裏がジーンとしたり、壁に押し当てた手指などがジーンと感じればOKである。接触していない のにジーンとした感触があれば、過剰服用になっている。

高地に着いた初日などに睡眠薬や睡眠導入剤を服用する人がいるが、睡眠薬には呼吸抑制作用や、臓器の酸素不足を脳に伝える信号を麻痺させる作用があるから、使わない方が良い。 酸素を吸うことは大変に効果が大きいが、携帯に難がある。 ドクターステーションにはガモウバッグが設置されている場合が多いので、これを使えば効果が大きいが、常時、患者の監視と介護を怠ってはならない。

なお、高山病の症状が出たら、遠慮せずに早い段階でリーダーに申し出ることが肝心。申告が遅くなれば遅くなるほど症状が深刻化すると同時に、パーティーにとっても重大な支障を招来する結果となる。
また、自分では認識していなくても他人から見れば行動や言動がおかしくなっている場合が多い。自分だけでなく、他のメンバーの言動にも注意を払い、お互いの体調をチェックし合うことが必要である。また、高山病になった場合の自分の発症パターンを知っておくことが重要であるが、
こればかりは場数を踏むしかない。

(9)海外登山に出掛ける前に

国内で高度順応のために使える高標高地はないが、以下のことが順応の手助けにはなる。
(1)富士山登山
(2)低酸素室、低気圧室でのトレーニング
(3)有酸素運動(高強度短時間トレーニング)による最大酸素摂取量(VO2max)増強トレーニング

(10)その他の病気

下痢止め薬について

高山病とは直接は関係ないが、下痢は体力を減少させるから高山病の誘因にもなる。細菌感染が原因であるが、硬水・軟水の違いによる場合も多い。Eldoperという黄色のカプセルが効果が高い。水便状でも即効性あり。

血栓性の病気(心筋梗塞、脳梗塞、肺栓塞)の予防

抗血小板作用のあるアスピリン(100mg)を服用する。アスピリンは解熱剤であるが、血液を サラサラにする作用もある。バファリンという名前のものには成分がアスピリンでないものがあるので注意。

狭心症

ニトログリセリを服用(「ミオコールスプレー」という舌下に一吹きするタイプが簡便)。これは血圧が上昇した場合にも有効。


<左:ミオコールスプレー、中:パルスオキシメーター、右上:ダイアモックス、右下:エルドパー>

(11)病気の英語語彙

BCなどにいるドクターには英語が話せる人も多い。病気の単語を知っていれば、何かと心強い。以下、ご参考までに対訳を掲げておきます。
高山病 high-altitude sickness, mountain sickness
急性高山病 acute mountain sickness(AMS)
高度順応 acclimatization
頭痛 headache
目眩 dizziness, staggering
眠気 drowsiness
不眠 insomnia
息切れ shortness of breath
動悸 palpitations of heart
意欲減退 restlessness
食欲減退 loss of appetite
運動失調 loss of coordination
浮腫(むくみ) puffiness
例:目の下や顔のむくみ puffiness around eyes and face
★全身のむくみ puffiness all over the body
吐き気 nausea
嘔吐 vomiting
★尿量減少 reduced urine output
★高所肺水腫 high-altitude pulmonary edema(HAPE)
★高所脳水腫 high-altitude cerebral edema(HACE)
咳 cough
痰 sputum
★泡状喀痰 foamy sputum
★血痰 sputum with blood
★胸がゼイゼイ鳴る gurgling sound in the chest
★チアノーゼ cyanosis(<Ger.Zyanose)
★幻覚 hallucination
★昏睡 coma
凍傷 frostbite
★低体温症 hypothermia

★印は重症⇒即、高度を下げて医師へ。その他は高所反応や高度障害ですから、症状の推移を見て、改善されないようなら高度を下げる


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